幸福を手のひらに

人生は二者択一ではないと信じたい

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鎌倉のエナジー


GW中に考えたいことがあって、一人鎌倉に向かった。

鎌倉は私のヒーリングスポットで、
誰かと遊びに行くことも多いのだが、
考え事をしたいときには決まって一人で足を運ぶ。


江ノ電に乗って由比ヶ浜から七里ヶ浜辺りまでの適当なところで降りて
海沿いの道を歩くか、何時間もぼうっと海を見ているのが定番だが、
今回たまたまた行きがけの本屋で立ち読みした雑誌の鎌倉特集に、
にぎり福」なるものが載っていて、なぜかこれが無償に欲しくなった。


鎌倉駅からほど近い本覚寺で、
お坊さんが一つ一つ手作りしているというこのお守りは、
「愛」「福」「健」「学」「財」の五種類があり、
その名の通り、毎日にぎることでご利益があると言われているらしい。


「愛」と「財」の二者択一で迷った結果、
私が手に取ったのは・・・


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何か・・・?(笑)


矛盾する願い

「愛」と「財」のほかにも、
私は最近、二つの想いの間で迷うことがある。

  • 「自由」と「平穏」
  • 「挑戦」と「リスク回避」
  • 「仕事」と「家庭」
  • 「柔軟な思考」と「不動の精神」
  •        
  • 「自信」と「謙虚」


これらは反対語ではないのだけれど、
一般的にどちらかに極端に偏るとどちらかを失う可能性が高い。

この両方を手に入れようとするのは矛盾した願いなのだろうか?


最近私をよく知るある人から、驚くようなアドバイスをされた。


「もっと馬鹿になってみれば?」


自分でも自覚しているのだが、最近の私は、
理論を通すことや、表面上「うまくやること」にばかり気持ちがいって、
肝心なことに足がすくんでいるような気がするときがある。

肝心なこととは、自分の「心の声」だ。


本質的でないところで、
見栄を張ったり、頭でっかちになっているのではないか。



思ったようにやってみるというのは、いざその場面になると案外と難しい。

「自分で選んだ」という責任が伴うからだ。


でもシュミレーションばかりしていても、現実の自分は一歩も前へ進まない。


だから最後はもう考え過ぎずに、馬鹿になって、
誰にもうまく説明できなくたっていいし、中傷されたっていいから
自分がやりたいように思いっきりやってみればそれでいいんじゃない?
ということを言われたんだと思う。

深く冷静に考え抜く「慎重さ」と、
ここぞというときにアクセルを全開まで踏み込む「大胆さ」、
これも私が欲しい2つの矛盾である。


最善の「努力」の後に、究極の「馬鹿」になる。


この大いなる矛盾を併せ持つことができるアイデンティティこそが
本当の福をにぎる秘訣のような気がする。



・・・と、そんなことを考えていたら、
いつの間にか江ノ島の向こうにすっかり太陽が沈んでいた。。

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