
明治座
私が『黒革の手帳』ファンであることは先日このブログにも書いたが、
週末、待望の舞台を観に行った。

公演プログラム
主演はテレビドラマと同じ米倉涼子。
だが、そのほかの配役はテレビドラマとはまるで色が違う。
また、松本清張生誕100周年記念講演というだけあって、
ストーリーはドラマではなく原作のほうにほぼ忠実で、
大物財界人に罠を仕掛けたつもりが逆に裏切られ騙されて流産までして
心身ともにズタズタになる原口元子を米倉涼子が熱演する。
ラストシーンでは、そんな元子に追い討ちをかけるかのように、
元子が1億円をゆすり取った脱税医師の愛人が、
「女はね、大それた野望を抱いたりしなければ
小さな幸せに満足して生きられるものなのよ」
と、屈辱の一言を浴びせかける。
私はあらかじめ原作を読んでいたのでそれなりの覚悟(?)はできていたが、
ドラマのイメージが強かった友人はやはりかなりの衝撃を受けていた。
帰り道、この物語で松本清張が言いたかったことって何だろうねと
友人と話し合った。
「女は野望を抱くな?」
「出る杭は打たれる?」
それでも私には共感せずにはいられない。
強過ぎる上昇志向が、逆にまっ逆さまに堕ちていく自分の姿を
見失わせてしまう瞬間があることに。。
スターウォーズでいえば、エピソードⅢで
アナキンスカイウォーカーがダークサイドに落ちる瞬間だ。
一般的には、向上心を持つのはいいことだとされているけれど、
人間の心の善と悪、陽と陰はいつだって紙一重だ。
「足るを知ること」が大切だと言われる所以はここにあると思う。
自分の夢に固執し、その実現を激しく追い求めるあまり、
人生で一番大切なものさえ簡単に悪魔に売り渡してしまう哀れな人間の弱さを、
『黒革の手帳』という作品を通して
松本清張が私たちに訴えかけているような気がする。
数年前、私が仕事に行き詰っていた頃、
メンターである女性社長にこんなことを言われたことがある。
「史ちゃんはいつも、『足りない』『足りない』と言って
色んなものを手に入れようと必死になっているけど、
本当はね、足りないんじゃないの。持ってるものが多すぎるのよ。
これからは自分に何が足りないかではなく、何を捨てるべきかを考えなさい。
そうすればきっと人生がうまくいくから」
今ならこの言葉の意味がよくわかる。
それでも未熟な私は、まだまだいらないものを沢山背負っているけれど・・・
折りしも、この週末、森光子が『放浪記』2000回公演の偉業を
成し遂げたことが大きく話題になった。
森光子のインタビューを見ていたら
41歳で初めてに手にした主役の舞台が「放浪記」で、
遅咲きと言えるスタートに当時こんな川柳を作ったという。
『あいつより うまいはずだが なぜ売れぬ』
「生意気でしたけど、その気持ちを忘れないでやってきた」
そして48年・・・
森光子はその強い負けん気を押し通して
89歳の誕生日に2000回公演という前人未到の記録を達成した。
もし森光子が女優としての旬を過ぎた40代の年齢で、
自分はこんなものか、、と「足ること」を知っていたら
主役の座はなかったかもしれない。
また、若い頃にあっさりと手に入った主役だったら、
48年間もやり続けたいとは思わなかったかもしれない。
2つの舞台を通して、
物語の主人公とリアルに生きる女優という二人の女の生き方に、
「想い続けること」の強さと弱さの両方の側面を私は確かに見た気がする・・
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