自分を「正しく」受け入れることの意味

女性らしさを見つめ直す

猛暑の中で


暑すぎる昨日は早めに仕事を切り上げて、
まったく別の業界で会社役員をしている友人と麻布十番に焼肉を食べに。



肉とビールを交互にがっつきながら、

「いやー、このご時世まったく儲からないよねー。」

なんて、いつも通り話をしていたら、

友人が突然手を止めて、七輪越しに私をしげしげと眺めた。

(肉を焼いてくれるのはいつも彼・・・)


「なんかさぁ・・・オッサンみたいだよね。」


「・・・・・。」


「いや、俺はね、俺はわかってるよ。
社長(彼は私をそう呼ぶ)の良さも、そのキャラも。

でも・・・やっぱり・・・そすれだと一般受けはしないよね。。」


あ、別にここまではどうでもいいんです。

そういう評価は慣れてるし。

それでも出るところ出れば女らしいとこもある(と思ってる)し。


女性らしい気の使い方をしないのは、
むしろ親しい彼への友情の証、くらいに思っていた。



「あ、そお?悪いね。」


全く改善する気もなかった。


このときまでは。



ところがそのあとに彼が言ったことが確信をついていた。


女性社長という差別化


「今時女性社長は沢山いるけどさ、
その大半が、女性向けのビジネスをやってるじゃん?


それってさ、やっぱり女性は女性ならではの視点や感性を活かすほうが
ビジネスで勝ちやすいからだと思うんだよね。

数が多くて優秀な人も多い男性経営者と真っ向から戦うより、
そのほうが絶対有利じゃん。


でも社長は、そこを敢えて男女関係ない業界で頑張ってるわけじゃない?


だったらさ、業界やサービスはそのままでもいいと思うんだけど、
もっと女性にしかできないことをやったほうがいいと思うんだよ。


女性らしさとかきめ細やかさとか・・・
それが何かはわからないけど、
同じサービスでも、やっぱり岡崎社長の会社は一味違うよね、って
言われるような何かをさ。


それが差別化になると思うんだよね。」


気付き

うーん、、なるほど。確かにそうだ。。


私はなぜか、

営業力 とか クライアントの規模 とか 根性(!) とか
とかく男性が好みそうなフィールドでばかり勝負しようとするところがある。

そのために、本来強みにできるはずの「女性らしさ」すら
必死で削ぎ落とそうとしてきた気がする。



最近つくづく思う。


自分のマイナスを乗り越えることが「向上心」じゃない。


アイデンティティとして持って生まれたものや、
得意分野を徹底的に伸ばすことのほうがはるかに重要だと思う。



自分のどの部分を活かせれば、人の役に立てるのか。

それも普通レベルじゃなく、突出したレベルで役に立てること。


そのためには、足りない部分に気を取られて、
全体的に平均点みたいなことをやっててもしょうがないと思う。



日本社会では(・・・なんて語れる程海外のことを知ってるわけじゃないけど、)
教育過程でもサラリーマン時代にも、
欠点が悪とされ、「マイナス部分を補正すること」ばかりを
教え込まれてきたように思う。


だからいざ、「何やってもいいんだよ」っていう白いキャンバスを与えられると
自分の良さってなんだっけ?
私が向かうべき方向ってどこだっけ?
ってことになってしまう。


そつなく日々の仕事はこなせても、
思い切りエッジの立ったサービスを育てられない。


***


なんだか会社を創ってから、
私にとって「努力すること」の意味や方向性が
今までとは180°逆さまになったような気がする。


「本当の努力」とは、
自分を理想の姿に作り変えることではなくて、
認めたくない醜い姿の部分も含めて、
自分をありのままに受け入れられるようになることなのではないか。



ありのままの自分を受け入れていないということは、
「スタート地点」から間違えてるということだ。


どんなに全力で走ったところで、
目的地など到底たどり着けるはずもないのだから。。

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「受け入れる 意味」でぐぐったらヒットしました。

>「本当の努力」とは、
>自分を理想の姿に作り変えることではなくて、
>認めたくない醜い姿の部分も含めて、
>自分をありのままに受け入れられるようになることなのではないか。

これ、今の自分にめちゃ刺さりました。
自分の認めたくない部分って誰でもあるんでしょうが、最近そこを
大切な人から指摘されたときに、その言葉を受け入れられませんでした。

そこで悶々と考えていて「受け入れる」って意味を知るために
ググリ、このブログを見つけ、上記の言葉を見つけ・・・

結局受け入れてないのは、その大切な人の言葉を、ではなく
自分自身を、ということだったんだな、と気付かされました。
気付かされたというのは、なんというか、分かっていたのに見えない
フリをしていたが、この言葉を見て「やっぱそうなんだよなぁ」
と痛感。

相手そのものというよりは、原因は自分にあるんだな、と感じました。

良い気づきをありがとうございました。
相手と向き合う前に、自分にしっかり向きあってみます。

なかむらゆうき様

コメントどうもありがとうございます。


ありのままの自分をありのままに受け入れるというのは
言葉で言う程簡単ではないですよね。


私も沢山失敗して、
色んな人から指摘されるたびに凹み、
それでも認められず、
その嫌な部分から目を背けて違う自分になろうとしてみたりもしました。


でも問題の本質を正しく捉えない限り、
どんなに努力してもしても結局報われないんですね。


まずは自分で自分のすべてを受け入れてみてください!

そうすればきっと、他人のことが受け入れられるようになり、自分も他人から受け入れられるようになり、
人生はもっともっと豊かなになるはずです。

よく状況も存じ上げないのに偉そうに聞こえたなら、本当に申し訳ありません。
私もトライの途中です。
それでもこんな私のつたない経験が少しでもお役に立てたらと思ったまでです。

ご健闘お祈りしています!