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【書評】日本辺境論

内田樹著

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機上にて



三連休は九州の実家へ帰省。


以前もブログに書いたが、
CAが若くて可愛いスターフライヤーがお気に入り。(笑)


旅行や帰省で本の選択を誤ると、
"替え"がきかないわ、荷物になるわで心底ブルーになるので、
内田樹の代表作をとりあえず鞄に詰めて。。



書評っていうか、もはやただの「引用」だけど。



だって内田先生に私ごときが「評する」ところなどございませんもの。笑

■私たちは国家的危機に際会したときに、
 「私たちはそもそも何のためにこの国を作ったのか」という問いに
 立ち帰りません。
 私たちの国は理念に基づいて作られたものではないからです。
 私たちには立ち帰るべき初期設定がないのです。

■他国との比較を通じてしか自国のめざす国家像を描けない。
 国家戦略を語れない。そのような種類の主題について考えようとすると
 自動的に思考停止に陥ってしまう。
 これが日本人のきわだった国民性格です。

■まずよその国がある。よその国との関係で自国の相対的地位がさだまる。
 よその国が示す国家ヴィジョンを参照して、自分のヴィジョンを考える。

■おのれの思想と行動の一貫性よりも、場の親密性を優先させる態度、
 とりあえず「長いものに巻かれ」てみせ、
 その受動的なありようを恭順と親しみのメッセージとして差し出す態度

 (中略)

 「何が正しいのか」を倫理的に判断することよりも、
 「誰と親しくすればいいのか」を見きわめることに専ら知的資源が
 供給されるとうことです。
 自分自身が正しい判断を下すことよりも、「正しい判断を下すはずの人」を
 探り当て、その「身近」にあることの方を優先するということです。

■アメリカの合理的かつ首尾一貫している対日政策を
 「矛盾している」と言い張るという技巧された無知によって、
 日本人は戦後六十五年にわたって、「アメリカの軍事的属国である」
 というトラウマ的事実を意識的に前景化することを免れてきました。

 (中略)

 ふつう、こんなことはしません(というより、できません)。
 仮にも一独立国が「他国に騙されているのがわかっていながら、 
 騙されたふりをしていることで、もっと面倒な事態を先送りする」
 というような込み入った技は。でも、日本人にはできる。

■「国際社会はこれからどうあるべきか」という種類のイシューになると、
 日本人は口を噤んでしまう。人種や信教や言語や文化を超えるような
 汎通性を持つような「大きな物語」を語る段になるとぱたりと思考停止に
 陥る。「世界はこれからこのようなものであるべきだ」という
 つよい指南力を持ったメッセージを発信することができない。

■日本人は後発者の立場から効率よく先行の成功例を模倣するときには
 卓越した能力を発揮するけれども、先行者の立場から
 他国を領導することが問題になると思考停止に陥る。
 ほとんど脊髄反射的に思考が停止する。
 あたかも、そのようなことを日本人はしてはならないとでも
 言うかのように。
 あたかも、他国の範となることが日本人だけには禁じられているとでも
 言うかのように。
 そのようなことをしたら日本人はもう日本人ではなくなってしまうとでも
 言うかのように。

■(中略)日本のナショナリストたちが提言しているのは
 「他の国が『こんなこと』をしているのだから、
 うちも対抗上同じことをすべきである」という提言だけです。
 それだけです。
 他国も核武装しているのだから、うちもすべきである。
 他国も国境線を譲る気がないのだから、うちも譲ってはならない。
 他国も権益を手放さないのだから、うちも手放してはならない。
 そのような類の他国がしていることにシステマティックに
 遅れることだけをわが国の外交戦略の基軸として提案している。

 (中略)本来のナショナリズムは余を以ては代え難い
 自国の唯一無二性を高く、誇らしげに語るはずであるのに、
 わが国のナショナリストたちは、
 「自国が他の国のようでないこと」に深く恥じ入り、
 他の国に追いつくこと、彼らの考える「世界標準」に
 キャッチアップすることの喫緊である旨を言い立てている。

■(中略)「日本より倫理的・道義的にはるかに進んだ国」があるのに、
 日本はそのようでないことが専ら非とされるのです。
 日本が彼らの求める「世界標準」に準拠していないことに不満なのです。
 
 日本の右翼左翼に共通する特徴は、どちらも
 「ユートピア的」でないこと、「空想的」でないことです。
 すでに存在する「模範」と比したときの相対的劣位だけが
 彼らの思想を占めている。

■「世界標準に準拠してふるまうことはできるが、世界標準を新たに
 設定することはできない」それが辺境の限界です。ですから、
 知識人のマジョリティは「日本の悪口」しか言わないようになる。
 政治がダメで、官僚がダメで、財界がダメで、メディアがダメで、
 教育がダメで・・・・・・要するに日本の制度文物はすべて、
 世界標準とは比べものにならないと彼らは力説する。
 そして、「だから世界標準にキャッチアップ」というおなじみの結論に
 帰着してしまう。

 (中略)

 そして、そういう語法でしか語ることができないということに
 気づいていない。

指南力のあるメッセージを発信するというには、
 「そんなことを言う人は今のところ私の他に誰もいないけれど、
 私はそう思う」という態度のことです。
 自分の発信するメッセージの正しさや有用性を保証する「外部」や
 「上位審級」は存在しない。
 

 そのようなものに「正しさ」を保証してもらわなくても、
 私にはこれが正しいと思うと言いうる、ということです。
 どうして言いうるかと言えば、
 その「正しさ」は今ある現実のうちにではなく、
 これから構築される未来のうちに保証人を求めるからです。

 私の正しさは未来において、それが現実になることによって
 実証されるであろう。
 それが世界標準を作り出す人間の考える「正しさ」です。

■私が「他国との比較」をしているのは、「よそはこうだが、日本は違う。
 だから日本をよそに合わせて標準化しよう」という話をするためでは
 ありません。

 私は、こうなったらとことん辺境で行こうではないかというご提案を
 したいのです
 なにしろ、こんな国は歴史上、他に類を見ないのです。

 日本を「ふつうの国」にしようと空しく努力するより
 (どうせ無理なんですから)
 こんな変わった国の人間にしかできないことがあるとしたら、
 それは何かを考えるほうがいい。
 その方が私たちだって楽しいし、諸国民にとっても有意義でしょう。


ただいま、ザッキー♪

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小さな贈り物と大きな感動

「感じる」経営学

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2011年の初ほっこり



昨日、弊社のオフィスに届いた小箱。



宅配伝票には「お年賀」とある。



差出人は私の前職であるデジパ株式会社



一体なんだろう?と思って箱を開けたら、
15cm四方の白い紙袋の中に
指先でつまめる程の小さな小さなサボテンの鉢と
見慣れたロゴがデザインされたシンプルなカード。


カードには、こんな言葉が。


新年あけましておめでとうございます。

(中略)

デジパでは昨年、南房総に遊び場を作り、
社内食料自給用の田んぼ、畑を確保し
念願の「半農半X」のワークスタイルが実現できる体制をつくり
私自身も南房総に移住をしました。

米つくり、畑の開墾等、土の中で生きて本当の豊かさ、
本当に必要なものが何かをあらためて実感しました。

また、昨年はデジパ出身者の3名が起業し、
振り返ればデジパの創業より8名が起業を実現しました。

「雇われない生き方」独立人集団を作ろうと、
創業より自分が旗を振ったわけですが
「みんなチャレンジャーやねー」と感服する今日この頃です。

物質経済が飽和点を向かえ日本人の「幸せ感」が変化する中で、
デジパは「新たな幸せスタイル」を今年も追及しながら、
品質の高いウェブ制作を目指して参ります。

皆さまにとって、今年もよき一年でありますことを
心よりお祈り申し上げます。

2011年 元旦
デジパ株式会社 代表取締役
桐谷 晃司


!!


デジパ素敵やん。


我が人生最後のボス、桐谷社長のメッセージ素敵やん。



そして、今日。


更なる感動の秘話を聞いた。



この贈り物の企画・プロデュースは
デジパのトップ営業マン上杉くん。


この、20代半ばの若者が心を込めて考え準備した、
今までに見たことのない小さなお年賀は、
各お客様先でも大きな反響を呼んでいるそう。



そのことを管理部門の女の子がこんなふうに教えてくれた。


多肉植物は身近においておいても癒しを与えてくれるし、

男性に贈った場合は、きっと社内の女性に贈るだろうから、
そこでまた社内によい雰囲気が生まれるだろう、

というところまで想像して、
実際にそういう反響があったそうです。

なんだか、半年で年間の個人数字達成する
敏腕営業マンのすごさを、
身近なところで目の当たりにした感じがしました。

相手がどうしたら喜んでくれるかを細やかに想像して、
そのためにサラリと動けるって素晴らしいなと、
自分自身の学びにもなりました。



ああ、もう皆まとめてぎゅってしたい!(笑)


細やかな準備をしてくれた上杉くんも、

仲間のそんな様子を自分の学びだと言って私に伝えてくれた小林さんも、

贈り手も、

受け手も、

このプロジェクトに関わった全ての人が何かを感じ取り、
幸せな気持ちになったと思います。



メールやカードの内容を勝手に引用して掲載してごめんなさい。


でも、自分が過去にいた会社に
こんな温かい贈り物をいただく機会なんて滅多にあることじゃないから
どうしてもこの瞬間の気持ちをここに記しておきたいと思いました。



大手企業のお年賀にありがちな、
自社の社名と電話番号がデカデカと印刷されたカレンダーやノベルティグッズなら、
私も今までさんざん配り歩いてきたけれど(笑)
本当にお客様を感動させるってきっとこういうこと。。



辛く苦しい日にはこのサボテンを眺めて、
デジパから生まれた8名の起業家の中の一人(女性では初^^)であることの誇りを胸に、
これからも頑張っていきたいと思います。



デジパの皆さんにとって2011年が実り多き一年でありますように。



心からの感謝と敬意を添えて・・・

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2011年はもっと元気に!もっと楽しく!

新年のご挨拶

新年あけましておめでとうございます。



昨年中は大変多くの方々にご支援いただきましたことを
ここに改めて感謝申し上げます。


今年からクリエイターズネット事業は体制を強化し、
また、昨年後半からはアジアに関する活動を始めることができ、
今年は更なる飛躍の年になりそうな予感がしております。


本年も何卒よろしくお願い申し上げます。


株式会社エナジャイズ
岡崎 史

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新旧が混在する場所で・・・行く年来る年

あけましておめでとうございます!

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初めての



今年は新年早々に仕事が入った関係で、
九州の実家への帰省を見送り、
意外にも東京で迎える初めてのお正月。



年越しそばを作って食べたあと、

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防寒対策バッチリで、
自宅裏手の増上寺のカウントダウン。

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年が変わる直前にすべてのライトが消えて一瞬真っ暗になり、
0時丁度に東京タワーがライトアップ。

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東京タワーや高層ビルの近代的な背景と歴史的建造物は、
意外にも幻想的に融合して独自の雰囲気を醸し出す。

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今年はどんな年に



基本的に、努力すれば何でも手に入ると信じている私は、
新年には目標を書いてその達成を誓ったりするのが恒例だった。(笑)


もちろん今でもその考えは変わらないし、
尚も狂おしい程に求めてやまない目標は確かにあるのだけれど、


でももう少し自分の人生を客観的に俯瞰するように、
諦めとは違う意味で、運命を自然の流れに任せ、
その定めを楽しみながら生きていきたいと思うようになったのは、
最近の大きな変化である。



2011年。

どんな人と出会って、

どんなことに挑戦して、

去年まではできなかった、どんなことが新たにできるようになるのか。



2011年も我が人生を楽しもう。


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【書評】ハイコンセプト~「新しいこと」を考え出す人の時代~

ダニエル・ピンク著/大前研一訳

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「答えのない社会」を生き抜いていく能力



なんだか大前研一氏の著書みたいな装丁だが、
私が敬愛するのはダニエル・ピンク。



ダニエル・ピンクといえば、
弊社の「クリエイターズネット」事業の構想にも大きな影響を受けた
『フリーエージェント時代の到来』(書評ブログ<前半><後半>)が大好きだが、
本書も、(途中例え話が多くやや退屈な部分があるものの)
やはり納得感の高い一冊。



彼は本書の冒頭でます以下を定義する。

この二、三〇年ほどの間、
世の中はある種の知識を持った特定の人たちのものであった。
(プログラマー、弁護士、MBA取得者など)


だが、これからの世界で成功を収める上でカギを握る要素は変わりつつある。


未来をリードするのは、何かを創造できる人や他人と共感できる人、
パターン認識にすぐれた人、そして物事に意義を見出せる人である。



この資質を更に細かく、
「六つのセンス」と「ハイ・コンセプト」「ハイ・タッチ」として
以下の説明を加える。


「六つのセンス」・・・デザイン、物語、調和、共感、遊び、生きがい

「ハイ・コンセプト」・・・パターンやチャンスを見出す能力、
芸術的で感情面に訴える美を生み出す能力、人を納得させる話のできる能力、
一見ばらならな概念を組み合わせてなんか新しい構想や概念を生み出す能力

「ハイ・タッチ」・・・他人と共感する能力、人間関係の機微を感じ取る能力、
自らに喜びを見出し、また、他の人々が喜びを見つける手助けをする能力、
そしてごく日常的な出来事についてもその目的や意義を追求する能力



本書は言わずもがな、アメリカの現象を中心に語られたものだが、
本書の訳者である大前研一が、日本の現在の状況に置き換えて説明する
「訳者解説」のサマリーがわかりやすい。


「経済のグローバル化によって、中国で生産できるものは中国で、
ITなどインドできるものはインドでというように、
少しでも人件費が安くすむ地域へ産業は引っ張られる。(中略)

一方、上のほうはといえば、アメリカのプロフェッショナルに引っ張られる。

(中略)

こうして日本は「一億総中流社会」で真ん中に固まっていた時代から、
逆に真ん中がだんだん薄くなっていく「M字社会」へ急速に移っている。



ではそのとき、われわれは何をしたらいいのか。



一つは、「よその国、特に途上国にできること」は避ける。
二つ目は、「コンピュータやロボットにできること」は避ける。
三つ目に、「反復性のあること」も避ける。(中略)


要するに、これからは創造性があり、反復性がないこと、
つまりイノベーションとか、クリエイティブ、プロデュース、
といったキーワードに代表される能力が必要となってくる。」



これからは国家や自治体よりも、企業よりも、
個人が富を生み出す時代、
つまり、二一世紀とは、突出した個人が富を支配する世の中だという。


また、こんな観点も面白い。


「これまでのように学校で良い成績を取って良い会社に行ったところで、
いまの義務教育で教えてられているようなことは、
メモリチップにおさめたらせいぜい一〇〇円分の価値しかない。(中略)

情報化社会においては、誰もが携帯する検索エンジン・グーグル、
あるいはメール交換であるあゆることが調べられるので、
カンニングをするなと言っても意味がない。
カンニングはまず物理的に防ぎようがない。

「答えのない時代」のいま、世の中に出たら、知識を持っていることよりも、
多くの人の意見を聞いて自分の考えをまとめる能力、あるいは
壁にぶつかったら、それを突破するアイデアと勇気を持った人のほうが
貴重なのである。」


■豊かさは私たちの生活の多くの恩恵をもたらしてくれたが、
 物質的な豊かさが必ずしも私たちを以前より幸福にしてくれたわけではない。
 
 (中略)
 
 繁栄によって教育を受けたり、職業を選択したりする自由は得られたものの、
 満たされなかった多くの人々は、生きる意義を追及することでこの矛盾を
 解決しようとしているのだ。

■この時代を生き抜くためには、あらゆる人も組織も、自分たちが
 収入を得るために行っていることについて考えなくてはならない。

 ①他の国なら、これをもっと安くやれるだろうか
 ②コンピュータなら、これをもっとうまく、早くやれるだろうか
 ③自分が提供しているものは、この豊かな時代の中でも需要があるだろうか

■以前は、一つの分野で専門分野を身につければ成功が保障されたが、
 現在は、まったく異なる領域の仕事を同等の自身をもってこなせる人が、
 多額の報酬を手にできる。
 
 このような人々を「境界を越えられる人」と呼ぶことにする。
 彼らは複数の領域で専門性を身につけ、異なる言語を操り、
 さまざまな体験の中に喜びを見出すことができる。
 「マルチ」な人生を生きているのだ。
 そのほうがおもしろいし、昨今ではより効率的だからである。

境界を越えられる人は二者択一式の選択はせず、
 複数のオプションといくつかの解決策を織り込んだものを模索する。
 彼らは複数の職を持ち、多様な生活を送り、
 いくつものアイデンティティを発揮して生き生きとしている。

■クリエイティブで才能豊かな女性はそうでない女性よりも
 支配的でタフであり、クリエイティブな男性は、他の男性に比べて
 繊細で攻撃性を低いことを発見した。(中略)

 「精神面が中性的な人は、事実上対応のレパートリーが倍になるので、
 より豊かな視点で世間の人々と交流でき、
 多様なチャンスを手に入れることができるのだ。」

 別の言葉で言えば、偉大な人は中性的なのである。

■一般人と卓越したリーダーとを分かつものは、一つの認知力でしかなかった。
 それは、パターン認識力だ。全体をとらえて考えることで、
 周囲をとりまく多種多様の情報から意義のあるトレンドを選び出し、
 将来に向けての戦略的思考ができるのである。

 卓越したリーダーたちは、「『もし~ならば~だ』式の推論に
 頼ることが少なく」、調和力の特徴でもある直感的で文脈に依存した推論を
 重視するらしい。

「共感」とは、相手の状況に自分を置き換えて考えられる能力であり、
 その人の気持ちを直感的に感じ取れる能力である。
 また、誰かの立場に立ち、その人の視点で考え、その人が感じるように
 物事を感じることのできる能力である。

 
■IQテストで測れるような資質など、簡単に取って変わられるようになった。
 つまり、(中略)置き換えの難しい資質こそ価値があるということだ。
 中でも、コンピュータにはマネすることができず、遠くにいる人が
 電子コミュニケーションで行なうことはできないと
 はっきりしている資質が一つある。
 
 それが「共感力」である。

■「共感」は、二一世紀の労働市場で生き残れるために必要な
 職務上のスキルという以上のものだ。それは生きるための理論だ。
 他人を理解するための手段であり、(中略)国や文化を超えて、
 人々を結びつける普遍的な言語なのである。
 共感できるからこそ、人間でありえるのだ。共感は喜びをもたらす。


私に足りないのは「共感力」



最も身近な人には、「共感力ゼロ」と言われる私・・・


自分の興味のあることにしか興味を示さない、
いわゆる「KY」というやつです。



自分が心から共感できることに共感するのは当たり前のこと。



そうではなくて、
自分がいいと思う生き方、いいと思う考え方に賛同するだけではなく、
自分とは違う価値観を持った人に対しても、
その人の状況・感覚・気持ちに自分を置き換えて物事を捉えること
それこそが真の「共感力」だ。



これから多くの人と一緒にビジネスをやっていきたいと思うなら、
これをもっともっと鍛える必要があると感じている。



先日、ある人に初対面の人を紹介されたとき、


「こちら岡崎さん。超スーパー天然な女性社長。」


と言われて、超スーパーびっくりした。(笑)



ええっ、岡崎史を一文で紹介するとそれなの!?


ビジネス上の絡みがまったくない方からのご評価なのがせめてもの救い。



でも、まぁいっか。(笑)


「ちょっと不思議なところがある人」なんて言われるより、
「超スーパー」という、他に追随を許さない感じが悪くないかも♪



来年こそは、共感力アップを本気で目指します!

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