
アジア進出をしている(目指している)ベンチャー経営者さんたちにお声かけして、
アジアのビジネスを考えるコミュニティ「アジアンプレナーズサロン」を
立ち上げることにした。
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※詳細はコチラで。
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発足のきっかけは、私自身が、中華圏ビジネスを考え始めた中で、
国内に比べて圧倒的に情報もネットワークも足りないことを実感したから。
しかも、小さな会社にできることは少ない。
でも、これからの日本において、
アジアをビジネスのフィールドに考えていくことは極めて重要なことだと思う。
例え小資本のベンチャーでも・・・
少しずつでもその準備をしていきたい。
ここに集まった人たち全部の経験値があれば、
きっとどんなことでも実現可能になるはずだから。
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・・・なんていうと随分とおこがましい感じがするのだが、
もっと単純な話をすると、
私は3年程前に、
ベトナムオフショア開発事業とベトナム人エンジニア派遣事業を
立ち上げたことがあって、
彼らの希望に満ちた向上心溢れるキラキラした眼が大好きだった。
日本人が忘れかけた、アジアの人の持つエナジーにもう一度触れたい!
本当はその一心なのかもしれない・・・
※アジア進出を考えている経営者の方のご参加をお待ちしていますが、
本コミュニティは招待制で、既に定員間近です。
参加を希望される方は岡崎まで直接お問合わせください!
今日、何年か前に勤めていた会社の同僚とメールをやり取りする機会がって、
当時の話になった。
人生には様々な岐路がある。
その選択が正しかったかどうかがわかるのは、
選択をしてから何年も経ってからのことだ。
だから、選択の結果が見えている「現在」から
過去の選択の是非を論じるのは難しい。
だって当時は、その選択の先がどうなっているかなんて
何も見えない状態で選択したんだもの。
それでも人生には、何度も振り返って悔やんでしまうポイントがある。
自分の選択を悔やむだけならまだしも、
環境がああじゃなかったら、あの人がああじゃなかったら・・・
そんなことが頭をよぎる日もある。
でも、そういう巡り合せの運や人との出会いも含めて、
キャリアって形成されていくのだと思うよ。
・・・と、友人に語った言葉は
そのまま自分自身へ言い聞かせる言葉だった。
そんな友人との会話はすっかり忘れていたのだけれど、
その夜たまたま後楽園での予定が終わって帰ろうとしたとき、
ふと、以前の職場が近くにあることを思い出した。
それは私が8年前まで通っていた職場。
後楽園なんて今じゃ滅多に来ることもなくて、
駅からの道も思い出せず、
iphoneで調べながらようやくたどり着いたそのビルの前に立ったとき、
当時のことが、驚くほど鮮明によみがえった。
そこを去った日のことは、何年もずっと心に引っかかっていて、
まさに私の「何度も振り返って悔やんでしまうポイント」だった。
ところが、そこに立った瞬間なぜか、
8年前に戻ってまたこの場所に立ったとしても、
やっぱり私は同じ選択をして同じ人生を歩むに違いないと確信した。
なぜなら私は、8年経ってもあの頃とまったく同じものを追い続けている
今の自分に気が付いたから。
人間の記憶ってなぜか好都合で、
その選択さえしなければ、あたかも望むものがすべて手に入ったかのように
思ってしまうことがある。
でも今の私を形作ったのは、なにもその一回の選択だけじゃない。
大切なのは、長い間自分を駆り立てる心の声を聞き続けること。
その声が聞こえる限り、
きっと私はまた同じものを求めて、また同じ選択をするだろう。
多分何度でも。
性懲りもなく。(笑)
来月、私と同じフミさんという名の女性社長さんが
GmailやiphoneなどのITツールの使いこなし術をまとめた
素敵な本を出版する。

手帳なんていらない
かんき出版/幸田フミ著
この本の中にも出てくるのだけれど、
例えばtwitterのつぶやきをきっかけにご縁が始まり、
そこからビジネスにも発展することも最近では決して珍しくない。
フミ社長の依頼で、先日感想コメントを書かせていただいたのだが、
そのときにハッキリと気が付いた。
「これからはITの活用が、ビジネスのパフォーマンスのみならず、
人との出会いや人生の豊かさまでをも決定する時代なのだ」と。
それを実感する出来事がつい最近私にも起きた。
ある本の著者である経営者の方が、
私の2年前の書評ブログを偶然発見して
直々にコメントを入れてくださったのだ。
それは人生で初めてのコメント投稿だったのだそう。
私よりうんと年上で、
うんと素晴らしい実績をお持ちの大会社の大社長さんなのだが、
それをきっかけに、メル友になった。(笑)
著書を読んだときから印象的だった、ユーモアに富む知的な文章表現。
その文才に加えて、経営者25年の含蓄。
ビジネスのロジックを、会社経営の本質を、
こんな情緒的な美しい語彙で表現する人を私はほかに知らない。
宝石みたいな言葉が詰まったその方のメールを眺めながら
私もいつか・・・
経営とは、人生とは何かを
誰の表現にも似ていない、
自分だけの言葉で表現できるようになりたいと強く願った。
ITがもたらす不思議なご縁。
言葉に宿るその人生き様。
そして、その両方を運んでくれた一冊の本との出会いに
私は何より感謝したい・・・

先週、APECで厳戒体制の横浜みなとみらいに、ドガ展を観に。

名画「エトワール」は母が大好きなこともあって、
画集などでは幾度となく観ていたが実物を観たのはこれが初めて。
どこからか絵にライトを当てているのではないかと思う程、
眩しい光に照らされる踊り子の鮮やかな表情に
長い時間をそこを動けなかった。
ドガは銀行家で裕福な父親に、経済面でも精神面でも支援された
数少ない"幸せな生い立ち"の画家である。
さぞ恵まれた人生を歩んだのかと思いきや、
30代から視力低下の病気にさいなまれ、
以後生涯にわたって、視力を失うことの恐怖と戦い続けたという。
油絵よりも明暗を付けやすく、鮮やかで扱いやすいパステル画を好んだのも、
視力低下が理由と言われている。
画家にとって視力を失う以上の絶望はないはずだが、
晩年ほとんど視力を失ったドガは言う。
私には記憶力と想像力がある。
これらを組み合わせることで、目の前の事象にとらわれず、
物事の「本質」を描き出すことができるようになった。
「彼が真のドガとなったのは50歳以後だった」
と印象派の巨匠ルノワールをも言わしめた。
表面的なことに心を揺るがされずに、本質が見えるようになること。
才能の有無はともかく、
そんな境地に少しでも近付く方法はただ一つ・・・
ただひたすら"自分の目指す絵"を描き続けることだと
画家の作品が語っているように思えた。
ある秋晴れの日に。。


先日、私の師である男性社長と西麻布のバーで飲んでいたときのこと。
「岡崎くん、山ガールって知ってる?
先週息子連れて高尾山に行ったんだけどさー、
可愛い女の子がいっぱいいるんだよね。
最近麻布や六本木で見かけないと思ったら
ここにいたのか!と思ってさ(笑)」
***
なんて笑い話を聞いて、さっそく市場調査へ。
すごい人の多さに唖然・・・
リフト乗り場は、ディズニーランド並みの50分待ち。

登山道もとにかく人で溢れていたが、
確かにいる、いる!
カラフルな装いの若くて可愛い女子がいっぱい。


「私も山ガールにみたいかな?」
なんて、うっかり発言しようものなら
「山ババアだろ。」
と冷静に突っ込む同伴者。
確かにこの、打ち出の小槌を握りしめた「どや顔」は、
"ガール"にはできますまい・・・

「景気よ、上がれ~~~」と言って両手に小槌を持って現れる山ババア
・・・新種の妖怪です。